大分の文化

文化で綴る大分の風景㉑「やまぶきと夏目漱石」

2014年04月21日(月)
(2008回)

新緑の季節が近づいてきました。家の庭にも山吹が咲き垂れています。
 
 
山吹の立ちよそいたる山清水 汲みにいかめど道の知らなく

                            高市皇子
 

あなたに会いに行きたいが黄泉の国への道が分からない。

高市皇子

万葉歌人。天武天皇の第一皇子。亡くなった十市皇女を偲んで詠ったとされている。
山吹の「黄色」と山清水の「泉」で「黄泉」を象徴させている。
豊後国大分郡の豪族である大分稚臣(おおきだのわかおみ)は672年の壬申の乱の勃発時に敵である大友皇子の本拠地近江宮のある
大津に高市皇子、大津皇子とともにいたが、皇子とともに伊勢に脱出して、挙兵した大海人皇子(天武天皇)と再会する。
その後、大分稚臣は大海人皇子の軍に加わり、7月22日の瀬田の戦いで先頭に立って橋を突破したことで壬申の乱の勝敗が
決したとされている。


せぐくまる 蒲団の中や 夜もすがら
 
                夏目漱石

 

明治32年、熊本の五高の教師時代、同僚の奧太一郎と大分への旅に出る。
宇佐神宮を経て山国町の河野家に泊まる。
山国の寒さで丸くなって眠れずにいる自分を面白くまねく。大歳神社に句碑が建つ。

夏目漱石

慶応3年東京生まれ。小説家として有名であるが明治俳句有数の作者の一人でもある。

 

大歳(おおとし)神社

年神(としがみ)を祀る神社。年神は毎年正月に各家にやってくる来方神である。
現在でも残る正月の飾り物は、元々年神を迎えるためのものである。
門松は年神が来訪するためのものであり、鏡餅は年神への供え物であった。
古代日本で農耕が発達するにつれて、年の始めにその年の豊作が祈念されるようになり、それが年神を祀る行事となって
正月の中心行事となっていった。

 

   【筆者紹介】

   足達賢二(あだちけんじ) 

    竹田市久住町出身
    2012年3月まで大分県職員
    大分県中部振興局長、大分県職員研修所長、県民生活・男女共同参画課長、大分県消費生活・男女共同参画プラザ所長などを歴任。
 

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