大分の文化

文化で綴る大分の風景㉒「バラと松平野五岳」

2014年05月23日(金)
(2029回)

五月の風に誘われて家の庭のモッコウバラも満開になりました。
バラというと正岡子規の短歌を思い出します。

    くれなゐの二尺伸びたる薔薇の芽の 針やはらかに春雨のふる

                        
正岡子規 
 



モッコウバラは4月から5月頃にかけて八重に咲きます。
中国原産で、江戸時代に渡来し家の庭などで栽培されるようになりました。
白色の花は黄色い花より香りが良いとされ、かすかないい香りを放つことから花の名前の「モッコウ(木香)」の由来になっています。
枝には、バラ特有の棘がないのが特徴です。モッコウバラは、秋篠宮眞子さまの「お印(徽章・シンボルマーク)」としても知られています。

夏目漱石は明治32年に中津市山国町を経て日田に入り、専念寺に立ち寄っています。
 
   詩僧死して 凩の里なりき
        
                 夏目漱石
 
ここでいう詩僧は江戸時代後期の画僧で専念寺の六代目住職の平野五岳のこと。
11歳の頃から儒学者広瀬淡窓に学び、南画をよくし、また書や詩にも長じていたため、「三絶僧」とも称されています。
明治初年、日田県知事となった松方正義は五岳の書画を高く評価し、それによって中央でも知られるようになりました。
 


 人世 無事を貴(たっと) ぶ
 名と功とを争わず
 鳥 喬木(きょうぼく) に遷りて後
 幽谷も亦(また) 春風

                平野五岳

 
人の世は、何事もなく過ごすのが貴い。
鳥が高い木に移り去るように人が偉くなって飛び去ろうとも名声や功績などは争わない方がよい。
山奥の谷間にも春風が吹くのだから。



専念寺を訪れたときはお寺の庭に全国から贈られてきたひな人形が飾られていました。
専念寺の近くに日田祇園山鉾会館がありました。

 
 露地の口 塞ぎ山鉾組まれをり
   
                   森夜潮
 

日田祇園囃子での山鉾は、祇園祭の雰囲気を最高に盛り上げる大きな役割。
「梅が軒端」などの山鉾の道囃子の音曲も流れてくる。「露地の口塞ぎ」の見事な大きさの山鉾。
 
森夜潮(やちょう)
明治37年日田市生まれ。「日田霧吟社」所属。

 
日田祇園山鉾会館
日田祇園祭は疫病や風水害を払う祭り(厄除け神事)で、曳山行事は国重要無形民俗文化財に指定されている。
1665年に始まったとされ、毎年7月20日過ぎの土・日に、囃子が奏でられるなか、山鉾が街の狭い路地を巡行する。
日田祇園山鉾会館は隈地区寺町にある日田祇園祭に関する資料館。
内部1階に絢爛豪華に飾り付けられた高さ8mの飾り山鉾、両脇に、隈・竹田地区の各山鉾と平成山の展示ホールがある。
 
隈町は日隈城の城下として開かれた地区である。
江戸時代には商人町として賑わいを見せ、三隈川河畔では、杉丸太の筏流しが始まり、木材関係の商家が軒を連ねていた。

 

   【筆者紹介】

   足達賢二(あだちけんじ) 

    竹田市久住町出身
    2012年3月まで大分県職員
    大分県中部振興局長、大分県職員研修所長、県民生活・男女共同参画課長、大分県消費生活・男女共同参画プラザ所長などを歴任。
 

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