大分の文化

文化で綴る大分の風景㉔「北海部の道」

2014年12月05日(金)
(1419回)

 久しぶりに大分市佐賀関に出かけました。大分市内から佐賀関半島の付け根にある神崎地区を抜けると豊後水道の海の青さが車窓いっぱいに広がり、海岸線沿いに進むと道の駅佐賀関が秋の海を背景画のようにして現れます。名物の「関あじだんご汁」を食べて一休憩して、さらに佐賀関漁港に向かいました。途中、市役所の佐賀関支所からパン・パシフィックカッパー佐賀関精錬所の煙突を眺めました。
 
              関崎の煙突二本 鳥渡る
                              佐藤千兵

 岬の灯台は航路の標識。そして関崎の精錬所の高い二本の煙突は、遠来の渡り鳥たちの道筋の標識。二本の煙突は人々の時代の象徴でもありました。1916年に完成した煙突は高さ167.6メートルあり、「東洋一の大煙突」、「関の大煙突」と呼ばれ、長らく佐賀関地区のシンボルとして親しまれてきました。1972年には高さ約200メートルの第二煙突が完成し、二本の煙突が並び立っていましたが、建設から100年近くが過ぎ老朽化が進んだ第一煙突は2013年に解体され、今では一本となっています。
 
    佐藤千兵
    大正6年三重町生まれ。「蕗」所属。



 佐賀関漁港から少し山際に登ると椎根津彦神社があります。椎根津彦命は神武天皇が東征の途中、速吸門で出会った国津神で、船路の先導者となりました。「古事記」では亀の甲羅の上に乗っていました。速吸門については諸説ありますが「日本書紀」では豊予海峡を指すと考えられており、大分市佐賀関には、椎根津彦を祀る椎根津彦神社があります。神武天皇は後に東征に従った椎根津彦命を倭国造に任ぜられ、これを伝え聞いた里人らが、小祠を建てて命を祀ったものがその創祀と伝えられています。
 

佐賀関から臼杵へ。臼杵から臼津バイパスを通り峠のトンネルを抜けるとセメントの町・津久見に入ります。
 
         燕飛ぶ 十万坪の切羽かな
                           児玉菊比呂
 
石灰石の鉱脈を有する山肌は白くて目を惹きつける。春には燕尾服の燕が颯爽と線を引いてその景を新鮮にする。
 
     児玉菊比呂
      大正8年臼杵市生まれ。「蕗」所属。

   【筆者紹介】

   足達賢二(あだちけんじ) 

    竹田市久住町出身
    2012年3月まで大分県職員
    大分県中部振興局長、大分県職員研修所長、県民生活・男女共同参画課長、大分県消費生活・男女共同参画プラザ所長などを歴任。
 

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