© Rikimaru Hotta

世界の頂点に立つアルゲリッチが大分と奇跡の邂逅
ここでしか出会えないクラシック音楽体験を求めて

大分県の芸術文化事業として1998年にスタートした「別府アルゲリッチ音楽祭」。世界的に有名な天才ピアニスト、マルタ・アルゲリッチ氏を総監督に迎え、国内外の演奏家を招いてコンサートや教育プログラムを開催している。同音楽祭を主催する「公益財団法人アルゲリッチ芸術振興財団」の副理事長であり、音楽祭の総合プロデューサーも務めるピアニストの伊藤京子さんに、大分で活動を続ける意義と芸術が社会に対して果たす役割について話を聞いた。

ステージ上で観客の拍手に応えるマルタ・アルゲリッチ氏(写真左)と伊藤京子さん(右)。© Rikimaru Hotta

―伊藤さんからみた大分の魅力とは?

 「別府アルゲリッチ音楽祭」を企画するにあたり、本当の大分の魅力とは何かについて、深く考える必要がありました。そこで明らかになったのは、キリシタン大名として知られる大友宗麟が力を発揮していた頃、音楽を含めて西洋の文化を受容したという歴史が、大分にはあったということです。この歴史こそが私たちの、「奇跡」とも言えるアルゲリッチとの出会いを呼び込んだのだと思っています。しかし、多くの人々がそうした歴史の偉大さに気づいていなかったように思います。他の地域にはない、金銭では決して得ることのできない歴史を紡いだ大分の先人たちには、尊敬の念を抱いています。
 歴史は土地の気質を生み、そこに住む人々の人格をつくります。よって、私たちが今住んでいる「この場所」がどのような文化を持つかを知れば、過去に日本人が持っていた内省的な思考力や繊細な感性を覚醒させることができるはずです。

第21回「別府アルゲリッチ音楽祭」のメイン公演「ベスト・オブ・ベストシリーズVol.7 オーケストラ・コンサート」(2019年5月18日、iichiko総合文化センター・iichikoグランシアタ)の様子。マルタ・アルゲリッチ(ピアノ・写真右)、巨匠ミッシャ・マイスキー(チェロ・左)、世界的指揮者シャルル・デュトワという豪華な顔ぶれがそろった。© Rikimaru Hotta

―現在、大分で芸術文化活動を営むなかで感じることは?

 国内有数の温泉街として栄えた大分はいま、自然の恵みと共に人が創る芸術による新たな社会の構築へ舵をきろうとしているのだと思います。クリエイティブなエネルギーを注ぎ、そこから生まれるものによって、遊興的な街から人的遺産へと移り変わるべき時期に、私たちは直面していると言えるでしょう。
 芸術の本質は、その精神性にあります。音楽はいつも人に寄り添い、また人とともにありながら人間の深いところにあるもの、善き魂と言えば良いのでしょうか、そうした大切な心を、呼び覚ましてくれます。だからこそ偉大な先人が繋いできた芸術は、人類の遺産として未来へ手渡すことが必要でもあり、こどもたちの心の育みにもきっと役立つと思っています。それが社会を作る土台となる、大切な「人」を育てることにも繋がっていくのです。そして大分は今、そうした新たなイメージを求めている時期なのだと感じています。

2016年に開催された第18回別府アルゲリッチ音楽祭で演奏するアルゲリッチ氏と伊藤さん。© Rikimaru Hotta

―「別府アルゲリッチ音楽祭」が地域または社会において担う役割とは?

 音楽は、私たちの心の成長を助け、想像力を育み、知的な刺激を与えてくれます。あるいは、普遍的で非言語的なコミュニケーションツールとして人に寄り添い、生きる道を示してくれます。からだと心を使って生みだすものにこそ、人々は共感し、感動します。そうした人間的な営みがこれからの社会には必要だと信じて、これまで「別府アルゲリッチ音楽祭」を続けてきました。
 みんなが幸せだといいのに――。ある時、アルゲリッチはため息をもらすようにこうつぶやきました。あふれるような情熱の奥にやさしさを持っている、彼女らしい言葉です。私はこの彼女の言葉に、深く共鳴しました。
 この分断された世界において私たちが必要なのは、他者を受け入れて互いを認めあう「寛容」の精神です。本来持っていた人間らしい本能や感覚を、心の耳で「聴く」ことによって取り戻すことができれば、私たちはより豊かに暮らすことができます。また、大分だからこそ、現代の自己中心的な思想によって分断された社会に他者を受け入れ、人が繋がっていくことの素晴らしさを伝えることができると信じています。大分で私たちが奏でる音楽が、その一助として社会のなかに存在できればこれほど幸せなことはありません。

構成・取材・文=安永真由(チカラ)

別府アルゲリッチ音楽祭

※正式名称:「MUSIC FESTIVAL Argerich's Meeting Point(R) in Beppu」〜アルゲリッチの出会いの場〜
大分県別府市で1998年より毎年開催されている音楽祭。世界的ピアニスト、マルタ・アルゲリッチが総監督を、伊藤京子氏が総合プロデューサーを務める。「音楽が社会にできること」をテーマに掲げ、アルゲリッチの深い思いに共感した人々が大分に出会いの場を求めて集う “Argerich's Meeting Point”は、より良い社会を創るために音楽での感動体験を提供している。

第22回 別府アルゲリッチ音楽祭 2020
2020年5月9日(土)~28日(木)
<テーマ>
音楽とSDGs~未来と出会うために
Music and SDGs- To meet the future

伊藤 プロフィール
伊藤京子・いとうきょうこ ピアニスト/公益財団法人 アルゲリッチ芸術振興財団 副理事長 別府アルゲリッチ音楽祭 総合プロデューサー しいきアルゲリッチハウス プロデューサー
福岡県出身。東京芸術大学附属高等学校から東京芸術大学、フランクフルト音楽大学卒業。
10年間の渡航中、ブゾーニ国際ピアノコンクール3位入賞。その後演奏家としてのキャリアを積み、シノポーリ、サバリッシュとの共演をはじめ、1994年、長年親交のあるアルゲリッチとアルゲリッチ・チェンバーミュージック・フェスティバルを企画し、日本各地で成功を収める。これを機に別府市からの委嘱を受け、企画プロデューサーとしてアルゲリッチと共に新しい音楽文化の創造を具現化した。2018年11月、別府アルゲリッチ音楽祭を育て、日本の地方と世界の音楽界を結びつけた功績で西日本文化賞を受賞。その他に新日鉄音楽賞(2002年)、JASRAC音楽賞を受賞(2016年)。
※公式サイトより一部抜粋(https://www.argerich-mf.jp/ito.shtml

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